『惑星アルバ・カーン:前編』
あいしているよ
たとえあなたがどんなすがたでもどんなになっても
いつまでも、 -------- かわらず。
夏も終わりに近付き、もう秋の気配が漂っている。
だが、今は昼間で多少残暑が厳しく感じられていた。
ここ、時の生まれた街でもそれは変わらず、暇を持て余した冒険者達がいつも通り、幻亭に集まってきていた。
バードのえもにゅー、アーチャーのレイヤ、ファイターのノースにル・ファイ、ロヴィンにルカ。メイドのリカエナ、シーフのシュバ、アルケミストのメルに、クレリックのユフナメイシャ。
彼らは初対面の者に挨拶をかわし、時々喧嘩をしては、暇を楽しんでいた。
やがて会話も尽き始め、ややだれてきた時に、話を切り出したのはシュバだった。
「そういえばこんなことを聞いたことはあるか? いやこの前ギルドで小耳に挟んだんだが」
それは、この街のどこかいくつかのポイントに、まったく別の空間に行ってしまう「入り口」があるという話だった。
「それってばくはつしていくのにゃ!?」
瞳をきらきらさせながら尋ねる、メル。だが、
「いや爆発は関係ないと思う」
と、あっさり期待を裏切られた。
「まったく別の空間って…ちょっと、コワイですね……」
ユフナメイシャは微妙な心境らしい。が、他のメンバーは面白そうにシュバの話に聞き入っている。
「よし、そのポイントを探すのにゃ! 珍しいものがきっといっぱいあるにゃ〜!」
えもにゅーがはりきると、「その必要はない…と、思うぞ」と意外なところから声が発された。一同が声のほうを見ると、幻亭のマスターが腕組をして壁際に立っている。
「……何故?」
ル・ファイがイヤな予感に眉をひそめながら尋ねると、マスターはそこをどいた。
その壁には ------- 板がやや乱暴に打ちつけられてあった。よく見ると、ひゅうひゅうと風の音がしていて、隙間があいている。その隙間に向けて、打ちつけられた板がまるで吸いこまれそうにガタガタうなっていた。
「きみ達が来るちょっと前に、壁に穴が開いた。たぶんその『ポイント』やらじゃないのかね? できればどうにかしてほしいんだが」
「簡単に言うなあ」
ノースが立ち上がり、様子を見ようとマスターの脇に立つ。そっと隙間に手を入れてみると -------- 手が消えた。
「をを!? わいの手が!」
「報酬は出そう。ひとり三百シェケルだ。危険手当も出す。どうだ?」
ノースの動揺にも全く意を介さず、マスターはにこにこと依頼をする。
「ノースさんの手が……」
ルカはやや青冷め、ユフナメイシャに至っては声すら出ない。リカエナは「治療しましょうか?」と内心動揺しているのか、妙なボケをかましている。
「面倒事はいやだ」
肩にとまっているホワイトグリフォンのシイを撫でながら、ロヴィン。「お前コワイんだろ」とのレイヤのからかいにロヴィンが蹴りを出そうとしたとき、「穴」の中から声が聞こえてきた。
<どうか……わたしたちを救ってください……>
<どうかぼくたちの星を……誰でもいい、誰かこの声が聞こえたら……>
一同がハテナ顔になったその瞬間、
ごうっ… ---------
凄まじいほどの風の引力が「穴」から働き、打ちつけられてあった板と……ついでにノースがまず引きずられて行った。
「あっ…の、ノースさん!?」
近くに寄っていたリカエナが、「きゃぁっ」と悲鳴を上げて吸いこまれる。否、既に彼女だけではなかった。
「な、なににゃ〜!」
「おいなんだよふざけんなよコラ!」
「これは…!?」
「お、俺は行かねぇって言ってんだろ!」
「おぉ……!」
「な、なんですかこれは…!」
「ひっぱられるにゃ〜!」
「…きゃぁぁっ!」
えもにゅー、レイヤ、ル・ファイ、ロヴィン、シュバ、ルカ、メル、ユフナメイシャの順にすごい勢いでノースとリカエナのあとを追う。
そして。
……幻亭は、沈黙した。
マスターとプラムがどうなったかは、知る術もない。ただ、そこには嵐が過ぎたようなあとが雑然と残っているだけ……。
「穴」は消え、無人となった幻亭の入り口の扉だけがキイキイと音を立てていた。
吸いこまれた勢いとは正反対に、一同はふわりと土の上におろされた。……少々重なり合ったぶん軽く痛い思いをした者もいたが、幸い怪我には至らずにすんだ。ノースの手も、元通りである。
「あ、消えてく……」
ロヴィンを押し退けたレイヤが、自分達が来た道とおぼしき「穴」が閉じて行くのを空間に見つけ、手を伸ばしたが無駄だった。
「穴」は完全に消え去り、だだっ広い荒野に彼らは取り残された。
見渡す限りの荒野というわけではない。遠くにちらほらと枯れ木が見え、更に遠くには城らしきものも見える。
「……これがシュバ、お前の言っていた『全く別の空間』というヤツか……?」
ル・ファイが探るように景色を見ながらつぶやく。シュバはとりあえず腕組をし、うーんと考えこんでいる。ノースは手が治ったことに歓喜し、その隣でリカエナが「よかったですね」と状況把握しているのかしていないのか彼に言い、ユフナメイシャはただただ青冷めている。後ろではロヴィンとレイヤが「どっちがお互いのせいで痛い思いをしたか」喧嘩を始め、えもにゅーは「ここはどこにゃ〜!」と癇癪を起こし、ルカはル・ファイと同じく観察をしているのか、周囲を見渡している。
「あ。ここにもおしろがあるにゃ」
ものすごく近いところにもうひとつ、城があるのを見つけたのはメルだった。荒野にぽつんと、城壁に囲まれて、ただ不気味に静まり返っている。
そして少しだけ開いた城門のところにぽつんとひとりの少女が立っているのを、メルの一言で振り向いた一行は見つけた。
「ああ……『竜の穴』を通ってやってきてくださったのですね。わたし達の声が聞こえたのですね」
身なりがきちんとしていて、気品のある顔立ちである。
「……この城の、王女さんか?」
ノースが尋ねると、彼女は小さくうなずき、近くの枯れ木に向けて「今なら誰も見ていません」と、手招きをした。
するとそこから馬に乗った青年がひとり、王女と一緒に近寄って来た。
「ぼくの名前はルウ。遠くのほうに城が見えるでしょう、あそこの王子です。以後、お見知り置きを」
「わたしの名前はアイラ。この城の王女です。わたし達の星の危機を救いに来てくださって、ありがとうございます」
優雅な挨拶に、「あ〜これはご丁寧に。わいはノース…って、ちゃうわ」と一瞬乗りかけた、常識人ノース。
「誰が好き好んで危機なんか救いにきてるんだよ」
苛々と、レイヤ。
「無理矢理連れてこられたんだぜ」
と、そこのあたりは意見が一致しているらしいロヴィン。シイは何か人語をこえた言葉を喋りながら彼の周りを飛び回っている。
「そうにゃ! こんなところに用はないにゃ、僕だけはすぐに帰すにゃ!」
相変わらず自分のことしか考えていないえもにゅー。
「どうやらお困りのようだが……何故我々が連れてこられたのですか? 『竜の道』とは一体…?」
もうひとりの常識人、ル・ファイが言うと、アイラとルウは顔を見合わせ、互いに小さく頷いた。
「失礼ながら、ここではこの国、サイナの人間に見られる可能性があります。場所を移動しますので、皆さん手を繋いで輪になってくれませんか。ああ、ノースさんと言いましたね、あなたは片手をぼくの手に」
「? あなたは違う国の人なのですか?」
リカエナが問い、「何故手を繋ぐ必要が……」とルカ。メルは早速、ノースのあいたもう片方の手とつないでいる。
「ぼくはラサの国の王子。アイラの住むここサイナ国と敵対しているから、人目につくわけにいかないのです」
ルウが苦笑いすると、シュバが嫌がるレイヤの手とロヴィンの手を無理に繋ぎ合わせながら「では何故ここにいる?」と尋ねる。
「それは……わたし達が愛し合っているから、と……この星を救って欲しい、と願う気持ちを同じくしているからです」
かわりに、伏し目がちにアイラが応えた。
「皆、繋ぎましたね? では、行きますよ」
ルウが言ったが早いか、輪になった冒険者達の周囲が瞬時にして一変した。
悲鳴をあげる余裕もない。そこは、
-------- 天国の、ようだった。
《中編に続く》