『暁夜の果てに:後編』
一同が気付くと、そこは塔の前の荒地だった。一番最初に目覚めたシュバが人数を確認する。
「キーマ以外全員いるな」
キーマは恐らく塔の中だろう。メルが塔の扉を無謀にも開けようとするが、どんなに力をこめても開かない。「危ないからお前はせんでええ」と、優しくメルに言ってからノースも同じように試みたが、駄目だった。
「あ、あの……それより、気絶寸前の人とか、怪我をしている人もいますし……とりあえず、あのイルマさんに治してもらいに行きませんか……?」
アネットが、主にロヴィンやアノン、ルカ達を見ながら言う。
「そうね…そうしましょう」
レェレエンが頷き、怪我をしている者を助けながらなんとか村長の家を探し、イルマに会って怪我を治してもらった。
「ひどい怪我を……一体何があったんですか?」
イルマは彼らの怪我を治してしまうと、不審そうに尋ねる。昨日父親が亡くなったばかりでまだ心の整理がついていないのだろう、涙のあとがはっきりと見て取れるが、それをおくびにも出さない。気丈な娘だ。
「実はにゃ、キーマが……」
「なんでもないんや。ちょっとした喧嘩やで」
えもにゅーの口を塞ぎつつ、ノースが取り繕う。
「何するにゃ、商売敵!!」
えもにゅーがじたばたするが、「何のことや?」とノースはきょとんとしている。
イルマは、
「そうですか……私に何か出来ることがあったら、言って下さいね……」
ほかにも何か言いたげだったが、結局それだけで彼女は冒険者達を見送った。
「とりあえずキーマの家にいさせてもらおうか……」
アノンが提案する。だるそうな言い方なのは、実際身体に何か重石をされたように疲れ果てているからだった。
そして、それはアノンだけでなく、全員が感じていた。
特に異存する者はなく、一同はキーマの家に行き、疲れたように思い思いに座り込んだ。
「この重い感じ……アノンさん、ブレスでなんとかなりませんかね……?」
ルカが提案し、アノンは試しにやってみたが無駄のようだ。
「私達……このままあの悪魔の言ったとおり、明日になったら死ぬんでしょうか……」
リカエナがしんみりと言う。
「馬鹿なこと言うなよ!」
ロヴィンは立ち上がり、ホワイト・グリフォンのシイは疲れたようにぐたっと彼の肩に寄りかかっている。
「メル、まだしたいことがいっぱいあるのにゃ……」
「どんなことかしら」
状況が分かっているのかいないのか、レェレエンが微笑を浮かべながらメルに聞く。
「会わなきゃならない人に会ったり……それに、しんはつめいがしたいのにゃ!」
思わずガッツポーズを作るねこみみむすめ、反動でくたくたと疲れてしまって隣のノースに寄りかかる。
「私は…妹と一緒にいたいですね。それに…メイドとして、もっと修練したいと思ってます」
リカエナが言うと、椅子に座っていたルカが、「僕は…今まで仲良くしてくれた人々に『ありがとう』といいたい…したいことは、内緒です」と、遠い目をする。
「俺は、ありったけのお金を使って集められるだけの友人に飯をおごる。あと……珈琲が飲みたいな」
と、アノン。「ずいぶんささやかな夢なのね」とレェレエンがくすっと笑った。
「僕は何もしないにゃ。儲けても無意味だからにゃ。夢はもちろん、お金に埋もれて寝たいにゃ〜!」
やたら元気のいいえもにゅー。
「俺は、死なないように運命を変える。最後まであがく。0%なら1%にかえるさ。俺は1%でも勝てるからな。それと……でっかい賭けがしたいな。金とか、地位じゃなく、想像もできないようなスリルだな」
シュバはだいぶ細かく考えているようである。彼がこれほどの熱血漢だとは、恐らく誰も考えていなかっただろう。
ついで、小さくため息をつきながらアネット。
「私は静かに時を待ちます……そして、できるならば祈ります。自分の強さや人々の平和を……」
「アネットは優しいんやな」
ノースは微笑む。
「わいは…大切な人に自分の言葉を可能な限り贈りたいな。……レェレエン、お前は?」
「あら、わたし?」
レェレエンはちょっと微笑み、
「昔の恋人に思いを馳せて、静かに時を待つわ……夢は、もっと……強くなりたいこと。夢とは言えないかしら?」
ロヴィン、あなたは? と聞かれて、ひとり立ち上がったままでいた彼は一呼吸置いて、シイを撫でながら口を開く。
「宴会……かな。で……強いヤツと戦って勝ちたい」
「男の子ね」と微笑むレェレエンと、「それにはまず俺に勝て」とからかうアノン。
レイヤはむっつりと黙り込み、何も言う気配はないが、彼にも何かしたいことがあるに違いなかった。
「空気が悪いな……窓を開けさせてもらおう」
アノンが言って窓のひとつを開けると、涼しい風が入って来る。もう、いつのまにか夜になっていた。
「綺麗な星空ね……」
レェレエンが窓の縁に頬杖をつきながら、空を見上げる。
「っていうかさ……のんびりしてていいわけ? 明日には死ぬ、とか言われて呪いかけられてるんだぜ?」
不機嫌そうに、レイヤ。
「でも、どうすればいいのか……」
ルカが考えこんだとき、家の扉が開いた。
一同の視線はひとつに集められた ------ 入って来たこの家の主、キーマの姿に。
「!」
思わず構えるアノンとファイター達。が、キーマは疲れたように言った。 ------- いつのまにか持っていた、ナイフを手に。
「ぼく……おこがましいですけど、初めて……あなた達の仲間になりたいと思った……でも、ごめんなさい……」
ドス、 ---------
キーマの持ったナイフが彼の心臓に刺さる。
アネットがひっと喉の奥で叫び、ノースはメルの前に出て見えないようにする。
だが ------- キーマは倒れもせず、心臓から血が出ることもなかった。
「悪魔が守ってるんだよ、お前の身体を」
ロヴィンが苦々しく言う。その言葉に、はっとキーマは顔を上げた。
「そうだ ------ 悪魔の心臓は、別のところに、あったんだ……」
「別のところ?」
「それってどこにゃ? どこにあるのにゃ?」
シュバとえもにゅーが急きたてる。
「あの、塔のどこかに……あります。きっと ------- そして塔は、もうぼくしか開けられない……悪魔は、警戒しているから」
「それでもいいよ……死ぬよりは」
メルが決意をこめた瞳で言う。
「最悪、悪魔の攻撃を受けながら探すことになるな……だが、賭けてみるか」
アノンが立ち上がる。合図にしたように、皆も次々に外に出て行く。
キーマは何か言いたげに口を開きかけたが、かわりに別の言葉を言った。
「期限は夜明けまでです。それまでに悪魔の心臓を -------- 見つけてください」
そして、一行は塔へと戻る。
夜に聳え立つ塔は、いっそう不気味さを増していた。
「では ------- 開けます。くれぐれもぼくに気をつけて……」
決意した瞳でキーマは扉の取っ手に手をかける。
「うっ……!」
それだけでもう、「中」にいる悪魔が邪魔をするらしい。見ているほうもはらはらする。
「必ず……心臓を……」
ギイィ………
わずかに扉が開いた、そこに待っていたように手をかけるアノンとノース。ぐっと渾身の力をこめ、扉を開ききった。
そこからルカを先頭に、塔の中へ一同は雪崩れ込む。アノンとノースは一番最後に入り、扉を閉めた。
「う……わあぁぁぁぁっ!!」
キーマが叫ぶのが聞こえ、扉が音を立てて崩壊する。
ぎらぎらと色違いの両瞳を光らせ、すっかり形相の変わったキーマがそこに立った。
「だめにゃ、完全に狂ったにゃ」
えもにゅーが、階段に向けて走る。
「戦えるヤツは最後に走れ!」
「えもにゅー、レェレエン、何か魔力を感じるか気をつけていろ!」
「そうしたらシュバさん、扉とか、罠がないかお願いします!」
「扉以外にも罠があったら頼むで!」
ロヴィンとアノン、ルカとノースがそれぞれの武器を構えながら階段を先に走る仲間に向けて叫ぶ。
アノンがブレスをかけ、ロヴィンが向かってくるキーマに向けてくるくる回したデミルーンで切りかかる。
がつん、
キーマは腕でそれを受け止めた。「中」にいる悪魔の守りか、かすり傷すらつけられない。
「くそっ、ダメか!?」
「あきらめたらあかんで!」
「はぁっ…!」
ノースとルカが別の角度から切りかかる。そのふたりの攻撃を、もう片方の腕でキーマは止める。
そして、次の瞬間ふっと息を吸いこんだかと思うと、わずかに腕を動かした。
たったそれだけの動作なのに、四人は一斉に階段に身体を打ちつけられた。
「えもにゅー、どう?」
階段の先のほうでは、駆け昇りながらレェレエンが尋ねる。えもにゅーは「まだ何も感じないにゃ。疲れたにゃ」とこたえる。
「私も何も感じないわ……まだ先なのね」
「ふたりとも、頑張ってください……」
アネットが後ろを気にしながら応援する。
階段の幅は広いとは言えない。ひとりずつしか駆け上がれないようになっている。
昇っている順番は、えもにゅー、レェレエン、シュバ、アネット、メル、リカエナ、最後にレイヤ。
レイヤは時々振り返っては、アノンとファイター達の援護にと矢を放っている。
「えもにゅー、お前確か探知魔導が使えたよな。あれは今はどうなんだ?」
シュバが尋ねると、えもにゅーは「そんなのとっくにやってるにゃ。でもひっかからないにゃ」とにべもない。
「使えないにゃ〜」
とメル。「うるさいにゃ!!」とえもにゅーが思わず立ち止まってひっかきに入ろうとしたその時、
「あ、あれ!」
リカエナが先のほうを見て指差した。
階段の向こうから、大きな蝙蝠が三羽、飛んでくる。と思うと、レェレエンとリカエナ、アネットの首に吸いついた。吸血蝙蝠のようである。
「離れろ、畜生! 悪魔じゃなくて吸血鬼かよ!?」
レイヤが蝙蝠を攻撃すると、えもにゅーが「じゃ、僕は先に行くにゃ」と走って逃げて行く。
「あ、逃げる! ひどいにゃ〜!」
メルが半べそをかくが、「どうせこの先にも何かあるだろ」と、ぼそっとシュバ。
リカエナの蝙蝠はレイヤの攻撃で砂になったが、レェレエンとアネットにはしつこく吸いついている。
「なんでここにはヒーラーがいないんでしょう……」
吸われた箇所をおさえながら、リカエナが呆然とつぶやく。
「そんなこと言ってもしかたないだろ、いないんだから!」
レイヤがどうにか狭い通路を駆けあがりつつ、今度はレェレエンのあとに立つ。
「レェレエン、アネット、だいじょうぶか!?」
だいぶダメージを受けたはずのアノンがロヴィンと共に駆けあがってくる。ノースとルカも、キーマの異様にのびた爪からの攻撃を避けつつ走ってきている。
「だ、だいじょうぶです……」
戦士化したアノンが蝙蝠を一閃して砂にすると、アネットがへなへなと座りこむ。
「こんなところで座るな、追いつかれるぞ!」
レェレエンの蝙蝠を攻撃しながら、ロヴィン。だがアネットは立ち上がれそうにない。
アノンがアネットをおぶり、「キーマが来るぞ!」と忠告する。
ようやくレェレエンに吸いついていた蝙蝠もロヴィンによって砂になると、何故かえもにゅーが舞い戻ってきた。
「ほらな」
と、見透かしたようにシュバ。
「火事にゃ!! 火が来るにゃ、逃げるにゃ!!」
「え?」
メルがきょとんとすると、確かに階段の先から火が「降りて」くるのが見えた。
「逃げてもええけど、キーマの餌食になりたいんならな」
えもにゅーが太い身体をねじこみつつ通りすぎようとした時を見計らうように、ノースが半眼で言う。
事実、キーマはゆっくりと階段を昇ってきていた。
「上には炎、下には狂った悪魔、どうしたらいいにゃ!!」
「あ、……でも、だいじょうぶだと思います……」
えもにゅーが癇癪を起こしかけたとき、気付いたようにアノンにおぶさっているアネット。
「そうね。これは幻覚だわ」
ロヴィンにつかまって立ち上がりながら、レェレエンも炎を見つめる。
「目を閉じて、炎を『忘れる』の。そうすればダメージは受けないわ」
「精神修行みてぇだな」
ロヴィンは言って、目を閉じる。
「お前そういうの苦手っぽいよな」
ちょっと皮肉るレイヤにムッとしたロヴィンだが、状況が状況である。喧嘩をする馬鹿はしない。
結果的に最初を歩くことになったレェレエンが、蝙蝠から受けたダメージでふらふらしながらも、目を閉じて「炎」の中を進む。
無事なことがわかってほっとしたメル達も、あとに続いた。
炎を通りすぎると、また一同は走り始める。もう怪我人のほうが多いくらいでふらふらの者もいたが、あとにひけるはずもない。
だいぶ昇っただろうか……もう頂上かと思う頃、
「感じるわ!」
「この壁にゃ!」
レェレエンとえもにゅーが、ほぼ同時に立ち止まった。
ふたりとも、壁の同じ場所を指差している。キーマの姿がまだ見えないのは、自分の中の悪魔と必死に戦って、そのせいで歩みが遅くなっているのだろう。
「シュバ、たのむにゃ〜」
メルの声にシュバは頷き、壁に近付く。「ああ隠し扉だな」とあっさり言い、罠もないと判断してシュバは壁を押した。
と、
「きゃっ!」
リカエナが、そこにゾンビの姿を二体見て悲鳴を上げた。
元々は暗い部屋なのだが、宝物がざくざくあり、それが光ってゾンビの姿が見えたのだ。
「罠はないっていったにゃ!! 嘘つきにゃ!!」
えもにゅーの抗議に、
「いやゾンビは罠……なのか…?」
と、些か疑問気味のシュバ。
「どいてろ!」
アノンが前に出る。ターンアンデッドを唱えると、ゾンビは何をする暇もなく消え去った。
「さすがアノンだな」
レイヤが口笛をひとつ吹き、中に入る。はっとしたシュバが、「待てレイヤ!」と叫んだが遅かった。
横の壁から飛んできた矢が、レイヤの肩に刺さる。
「レイヤ!」
「レイヤさん!」
アノンとルカが駆け寄る。レイヤは「このくらい、だいじょうぶだ…!」と矢を引き抜く。
「床に仕掛けがある」
シュバの説明によると、敷き詰められた石の中の、もりあがったその部分を踏むと壁から矢が飛んでくるらしい。
一同は、気をつけて中に入った。
「宝にゃ! たくさんあるにゃ! 全部僕のものにゃ〜!」
小躍りするえもにゅーだが、ノースに「命が惜しくないんなら、いつまでも喜んでるんやな」と半眼で冷水を浴びせられる。
「あ、あれ……」
レェレエンが、宝の影に隠れて赤く光る、何かを指差す。
用心深く近付くと、血の色をした薔薇が一輪、床から咲いている。
「これ、か……?」
ロヴィンが胡散臭そうに触れると、どくんどくんと鼓動のようなものが伝わってきた。
「うっ……」
慌てて手を離すが、思わず鳥肌が立つ。
「切りましょう」
リカエナが言うと、ノースが「せやな」と頷いて剣を構える。
だが、いくら切ろうとしても、その薔薇は切れなかった。ノースだけでなく、ルカやロヴィン、アノンもシュバも……女性陣がやっても駄目だった。
「さすが悪魔の心臓だけあって、簡単にはいかないわね」
レェレエンが考えこむ。
その横で、メルが爆弾を取り出した。
「みんなどいてて! いっくにゃ〜!」
「わっ待つんやメル!」
ノースが止めようとしたが、メルの行動のほうが早かった。
メルが投げた爆弾は薔薇に命中し ------- 、
「 ------- ダメだな」
濛々と立つ砂埃が晴れ、その中にびくともしない薔薇を見て、アノンが舌打ちする。
「切るのもだめ、爆弾もだめとなると……」
ルカが考えこむ。
気付いたのは、シュバだった。
「よし引き抜こう」
「えっ……でも引き抜けるんですか? こんなにやってもダメだったのに……」
リカエナが訝しそうに聞くが、「とにかくやってみないと今に悪魔と夜明けが来る」と、シュバ。
「筋力に自信があるヤツ、頼む」
アノンの言葉に、レイヤとファイター達が集まった。順番に引き抜こうとする彼らだったが、成功したのはノースだった。
「抜けた……!」
薔薇に触った者は皆手に棘による軽い怪我を負ったが、気にしている暇もない。
カツン、……
壁に身体をもたせかけるようにして立った、キーマ。一同に緊張が走ったが、危険はもうなかった。
「薔薇が ------ 」
アネットの言葉に、全員の視線が薔薇 ------- 悪魔の心臓に注がれる。それは見る間にしおれ、干からびていった。
同時に、キーマの瞳から異様な光が消え、元の表情に戻る。
塔が揺れ始めていた。
「逃げてください ------ この塔は崩れます」
そう言うキーマに、「あなたも……!」とアネットが手を伸ばすが、彼はゆっくりとかぶりを振った。
「一度悪魔に魅入られたら、命も悪魔と一緒。悪魔が死ねばぼくも死ぬんです」
そして、ふっと哀しげに微笑んだ。
「巻き込んでしまって…ごめんなさい。でもぼくは本当にあなた達の仲間になれたようで ------- 友達になれたようで ------- それがたったいっときでも、」
うれしかった --------
がらがらと天井や階段が崩れ始める。
滑り落ちるような感じで一同は、なんとかひとりの犠牲者も出さずに脱出することができた。
いつか、
いつか生まれ変わることができたなら。
そうしたらぼくは、仲間を作れるだろうか。
仲間を、傷つけずに……一緒に、生きていけるだろうか --------
ひとりも塔の犠牲者にならなかったのは、奇跡と言えるかもしれない。
一同は夜明けがかる空の下、砂になった塔を見下ろしていた。
「キーマ……さん……」
つぶやくようにアネットが言う。
化物だと言われ、その身を憎み哀しみ、悪魔と契約をかわしてしまった青年。
でも、とても優しかった青年 --------
「あ……あそこ」
「何か、います」
ノースとルカが、砂の盛り上がりのひとつに埋っている何かに気付いた。
走って掘り出すと、それは生まれたばかりのような、キーマの服に包まれた赤ん坊だった。
「これ ------- この子、キーマね……」
抱き上げたレェレエンが微笑を浮かべる。
「見て、ほら。そっくり」
赤ん坊は今目が覚めたばかりのように、色違いの瞳をぱちくりさせて一同を見つめている。やがて、泣き出した。
「私に抱かせてください」
ふと、彼らの背後で声がした。
振り向くと、村長の娘イルマが立っている。
「どうしてここに……?」
アノンが聞くと、イルマは言った。
「夜中に急に死にたくなって ------ 外に出たら、あなた達が塔に向かうのが見えたんです。つけてきたのは謝ります。……でも、扉がなくてもどうしても何かにはねかえされて塔に入れなくて、そのうち……崩れ始めて」
死にたくなったのは、悪魔の仕業だろう。レェレエンから赤ん坊を受け取ると、泣いている赤ん坊をあやすように揺さぶりながら続ける。
「私 ------ キーマにどうしても言いたいことが、あって。でも……結局、言えなかった……」
愛していた、ということを。
一同は、その言葉にはっと彼女を見つめた。
「もっと早くに……言えばよかった -------- 」
イルマの瞳から涙が流れ、赤ん坊の頬に落ちる。すると赤ん坊は泣き止み、無邪気な笑みを見せた。
「遅くないで。キーマは生まれ変わったんや。これからたっぷり愛してるって言えばええ」
ノースの微笑みに、イルマは目を見開き、泣きじゃくる。
「この子……私が育ててもいいでしょうか……あの人がされていた乱暴を見て見ぬふりをしていた私が、許されるでしょうか……」
「キーマさんは……そうしてほしいと思ってますよ、きっと」
「そうだな『誰か』がもう一度チャンスをくれたんだ。キーマにも姉さん、あんたにも」
リカエナとシュバが言う。
そう、キーマは生まれ変わったのだ。
悪魔の束縛から、解放されて ------- 。
これからは、きっとやり直せるだろう。何もかも。
村人達には何も言わず、イルマと赤ん坊だけに見送られて、冒険者達はキーマにもらった地図を頼りに帰途についた。
悪魔がはった村の結界は、とうの昔にとかれていた。
「あっお前何持ってんだよ!?」
黙々と歩いていた中、レイヤが持っている銀色の弓矢を見つけてロヴィンが声を上げる。
「宝の中から見つけたんだ。いいだろ、オレんだぜ」
「いつの間に……」
アノンが苦笑したように、レイヤを見る。その後ろで、えもにゅーもごそごそやっているところをノースにつっこまれた。
「お前もや、何かっぱらってきてんねや」
「この王冠は僕のものにゃ〜! お前なんかにやらないにゃ!」
「誰も欲しいなんて言うてないやろ」
「嘘にゃ! 今手がのびかけてたにゃ、僕にはわかるにゃ!」
「だから、喧嘩しないでくださいってば……」
困り果てたように、ルカが言うがふたりとも聞いていない。
「でも ------ 私、改めて思うけど……キーマのことが好きよ」
レェレエンが、ちょっと足を止めて村のほうを振り返る。
「メルもメルも! 根はやさしいひとだったにゃ、きっと……」
レェレエンに手をひかれているメルも、賛同する。
「仲間にでも友達にでも、なってあげたかったです……」
アネットが言うと、レイヤと蹴りあいをしていたロヴィンが動きを止め、「きっと伝わったんじゃねぇのか、わかんねぇけど」と、小さな声で言って恥ずかしさを隠すためにもう一度レイヤに蹴りを入れる。
「あにすんだガキ! 射るぞ!」
「射るな筋肉男!」
「喧嘩はよせ」
アノンが止める。そして、
「だけどこれで一件落着っと…とりあえず、飯でも食いに行きたいな。で、珈琲飲んで風呂入って寝るぞ俺ぁ」と、肩を回しながら言う。
「さっすがに疲れたな」と、シュバ。
「帰ったら茶を飲んで寝るぞ俺」
そんな彼の言葉にくすくす笑いながら、
「終わった…んだよね。これで。…寝たいです、私も」と、リカエナ。
「そうですね。ふぅ…終わった……」と、ルカ。
「ふぇ〜、よかったのにゃ〜」と、無邪気にメル。
「あ〜、やっと片付いたな。帰って寝たい」と、すっきりしたような顔でレイヤ。
「………」
アネットはただ黙り、祈っているようだ。
「私は、少しでも強くなれたかしら……」
レェレエンは小声でそう言い、今度は「幻亭でコーヒーでも飲んで、家に帰ってリープにごはんをあげて、寝たいわ」と、にっこり笑う。
「さて、酒や酒や。酒飲んだあとはゆっくり寝るで」と、のびをしながらノース。
「疲れたにゃ〜〜〜、美味しい魚を食って寝たいにゃ」と、かっぱらってきた王冠を頭に乗せながらえもにゅー。
「俺も腹減った、飯食おうぜ。ノースのおごりで」と、ロヴィン。実は彼は村を出てくる前、塔の跡に生まれ変わる「前」のキーマの「墓」を作ってきたことは、誰も知らない。
「待てやそこ、なんでわいのおごりなんや」
ノースが耳ざとく聞きつけるがロヴィンは笑っているだけだ。
ともあれ、彼らはひとつの青年の魂を救った。
きっと青年は生まれ変わったあと、そこに最高の友達と仲間を見つけることができるだろう。
後に「キーマ」と名付けられた赤ん坊が成長し、イルマと結ばれるのはもっとずっとあとの話である ------- 。
《暁夜の果てに:完》