『暁夜の果てに:前編』







    もしぼくに仲間ができたら、


          たとえいっときでも仲間ができたら、


                 ぼくは全力で、その仲間を守ろう……






 時の生まれた街を出て、もうどれくらいになるだろう。
 予定では今頃とっくにそれぞれの寝場所に戻って、いい夢でも見ているに違いないのに。
「あー、どこまで行けば帰れるにゃ〜!!」
 癇癪を起こしているのは、バードのえもにゅーだ。
「メルもつかれたのにゃ…おいしいごはんがたべたいのにゃ…」
 へろへろよろよろしながら、アルケミストのメルも愚痴をこぼす。
「うっせーな、猫。ただでさえ疲れてんのに、ヘンな鳴き声出すんじゃねぇよ」
 苛々と言ったのは、ファイターのロヴィン。眉間にしわが寄って、かなり不機嫌そうだ。彼の頭の周りをくるくる回って飛んでいたホワイト・グリフォンのシイも、やや疲れたようにロヴィンの肩に落ちついた。
「メル、わいがおぶったろか?」
 自分も疲れているだろうに、たいした苦もなくそう申し出たのは、これもファイターのノースである。
 同じファイターでもだいぶ違う。
「誰が猫にゃ!! 僕はえもにゅーにゃ!!」
「うるせぇ」
 抗議するえもにゅーの尻尾を、ロヴィンはばしっと踏みつけた。……さぞかし痛かろう。
「痛いにゃ! 何するにゃ!」
 目に涙がたまってるかもしれないえもにゅー、ロヴィン相手にひっかきに入る。
 ふたり相手にほぼ同時に蹴りが入ったのはその時だ。
「てめぇらうるせえぞ! こんなとこで喧嘩なんかすんな!」
 これも苛々を隠せない、アーチャーのレイヤ。その首根っこを、ファイター…いやクレリックのアノンが引き寄せる。
「…いいからお前も黙って歩け」
「そうですよ…今にきっと活路が…」
 ルカがはらはらといった感じで口を挟む。彼もファイターなのだが……世の中色々なタイプのファイターがいるものである。
「私は何故こんなところにいるんでしょう……」
 なにか遠い目をしながら、メイドのリカエナ。何故メイドが冒険者達の群れの中にいるのか、はたから見たらかなり微妙だ。
「だいじょうぶよ、きっと今にどこかに行きつくわ」
 疲れを感じていないのか、おっとりとした口調で微笑みすら浮かべながら、マジックユーザーのレェレエン。
 その隣で、クレリックのアネットはさすがに疲れた、といった表情でなんとか頑張って足を動かしている。
「…なんでこうなったんだろうな」
 尤もな意見を言ったのは、シーフのシュバ。そう、何故こうなったかというと。
 といっても理由は簡単。ちょっとした依頼を受けた冒険者達、帰り道を見失ってしまったのである。
 要するに、迷ったのだ。
「っていうか、もうすぐ日が暮れるぞ」
 なんとなく冷静に、シュバ。
「今日も野宿になるのか……」
 アノンの呟きに、レイヤは「しかたねぇな……」と相槌を打つ。
「ごはんはどうするの? ……メルおなかすいたよ〜」
「保存食でええなら、わいのあげるからな、もう少し辛抱しよな」
 本当に人がいいのか、単に餌付けしたいだけなのか、メルをおぶりながらノース。ロヴィンとえもにゅーは相変わらず尻尾を踏もうとしたりひっかこうとしたりしている。遠くから見ると、じゃれあっているように見えるのが視点の謎だ。
 その時。
「あ……」
「……?」
「………え……」
「あら……?」
「む……?」
 ルカとリカエナ、アネットとレェレエン、シュバが何か血なまぐさいものを感じた。
「どうした?」
「村でも見つかったのか?」
 アノンとレイヤがほぼ同時に口を開く。
 目をこらしたアネットが、「誰か……倒れていませんか? あそこ……」と遠慮がちにつぶやくと、全員がそちらのほうに目を向けた。
 真っ先に走って行ったのはアノンと、背中にメルをおぶいながらのノースだ。あとの者は疲れていることもあってか、ようやくといった感じで小走りである。
 そして一同は、そこに血まみれで倒れている青年の姿を見つけた。
「おい! 大丈夫か!?」とアノン。
「お……おい!?」とノース。
「おい、だいじょうぶか??」とシュバ。
「……だいじょうぶ?」とレェレエン。
「………!」とアネット。驚いて声が出ないらしい。
「……なんだ?」とレイヤ。
「な、なな…、あ、だ、大丈夫ですか!」とルカ。
「あっ! どうしたの!?」とリカエナ。
「ばっちぃにゃ」と、えもにゅー。
「ボサっとしてんな、ほら運ぶぞ!」とロヴィン。
 倒れている青年を棒でつっつくえもにゅーの尻尾を、ロヴィンが再び踏みつける。
 そんなロヴィンに対してひっかこうとするえもにゅーの首根っこを、アノンが引き寄せて止める。
「と、とにかく助けを……」
 焦るノースの背中で、初めて青年が見えたメルが「う゛にゃ?!」と驚く。
 ルカは周りに危険がないかどうか集中し、「とにかくヒーラーを探しましょう」とレェレエン。
「ええと、止血を……」
 リカエナが近付くと、青年が目を開いた。動けないでいたアネットが、更に驚いて後退する。
 一瞬、静かになる一同。
「あ……ああ、また、ぼく……やられちゃった、んだ……」
 青年は傷をおさえながら、ゆっくり起き上がる。
「動くと傷に響くぞ」
 シュバが言ったが、青年は苦く微笑んでかぶりを振る。
「だいじょうぶです……見かけほどたいした傷じゃないし、慣れて…いますから」
「慣れてるって……いや、それより早くヒーラーを探そう。この近くに村はないのか?」
 アノンが尋ねると、青年は北のほうを指差した。
「あそこに……ぼくが住んでいる、村があります」
「あ、村…あったのにゃ…ごはん〜」
 ノースの背中で、メルがふにゃ〜と笑顔を作る。
「とりあえず行こうぜ。傷がこれ以上開かないうちに」
 ロヴィンが言うと、えもにゅーが小さな声で「かっこつけにゃ……」とつぶやくのが聞こえた。ムッとしたロヴィンだが、シイの「シイしゃんロヴィンです〜」という謎な言葉にチッと舌打ちし、歩き始める。
 青年にはアノンとルカが手を貸し、一同は村に向かって歩き出した。もう夜になって、空に星空が瞬いている。
「あなた、お名前は? どうしてこんなところに倒れていたの?」
 レェレエンが尋ねると、青年はしばし躊躇し、口を開いた。
「ぼくの名前はキーマ。ぼくはその……村では、厄介者で……」
「……厄介者?」
 アネットが尋ねると、キーマと名乗ったその青年は淋しそうにうなずいた。
「ぼくの瞳……暗くて今は見えないでしょうけれど、右が赤、左が金なんです。それだけでも気味悪がられているのに……」
「?」
 レイヤの視線に、おされたようにキーマは言葉を出す。
「ぼく……妙なものが見えたり聞こえたり、人の心がたまにわかって……しまうんです。だから……化物扱いされて、こうしていつも傷を負わされてしまうんです」
「人の心が分かる?」
 シュバが眉をひそめると、キーマは哀しそうに微笑んだ。
「でも……あなた達は、いい人達みたいですね……。どうしてこんなところに…?」
「道に、迷ってしまったんです」
 リカエナが言うと、キーマは「ああ、それなら」とうなずく。
「もしよければ、助けていただいたお礼に……ぼくの家に泊まっていきませんか……? 地図もありますし…」
 そして、ハッとしたようにうつむいた。
「あ……でも、こんなぼくの家になんて……。宿のほうが、いいですよね」
「メルは、きーまのいえでいいよ」
 ノースの背中で、にこにことメル。また、「そやな。何かの縁かもしれへんし、わいも泊まらせてもらいたいわ」とノースも笑って言う。
 レイヤは小さく舌打ちしたが、隣で歩いていたシュバは聞かないふりをした。
「宿代払わなくていいぶん、助かるにゃ。お前いいヤツにゃ。だからこの珍しい薬草を特別に売ってやるにゃ」
 ごそごそと薬草を取り出そうとするえもにゅーに、ロヴィンが「てめぇは黙ってろ!」と蹴りを入れる。
 また始まるえもにゅーとロヴィンの喧嘩を見て、「やめろ、恥ずかしい!」とアノンが叱る。
 キーマは、ふっと微笑んだ。
「なにか……久々に、ぼく……楽しい気分です…家にお客さんが来るなんて、初めてだから……」
「いい人、なんですね……」
 アネットが小さく小さく言うと、辛うじて聞き取ったキーマは驚いて目を見開く。
 その様子を見て、レェレエンはくすっと微笑した。
「できれば、お友達になりましょう? この村をわたし達が出ても、わたしはお手紙のやり取りでもしたいわ」
「オレは出さねぇからな」
 レイヤがぼそっとつぶやくと、「もう、レイヤさん…」と困ったようにルカ。
「あ、ありがとう……ぼく……」
 キーマが何かを言おうとした瞬間、

 ガッ……

 突然、シュバの額に何かが当たった。地面に落ちたものを見ると、石である。
「シュバ!」
 ノースが駆け寄る。シュバは額をおさえながら「だいじょうぶかすり傷だ」と答えたが、アノンが前に出て警戒する。
 気がつくと、一同は村の入り口まで来ていた。そこに、キーマと同じくらいの年の青年達が何人か集まって、にやにや笑いながら石を投げてきていた。
「てめぇらな……何すんだよ!」
 耳の横を危うくかすめた石にムカついたか、レイヤが弓をつがえようとする。その時、「やめんか」と静かな声がした。
 舌打ちしながら散って行く、青年達。かわりに近付いてきたのは、威厳を感じさせるひとりの老人だった。
「キーマ……お客さんかね?」
「おっちゃんは誰にゃ」
 キーマが口を開くのをひったくってえもにゅーが尋ねると、老人はふっと笑った。
「私はゲルマ。一応この村の村長をしておる。そうか、客人か……良かったら私のところにも顔を出してくれ。とにかくその治療を先にしようか……私の娘をあとで向かわせよう」
 では、とそれだけ言って、忙しそうにゲルマは去っていった。キーマに聞くと、村長の娘はヒーラーなのだという。
 この村のほかのヒーラーは、キーマを怖がって誰も治療をしようとしてくれない。唯一の理解者が村長のゲルマであり、傷を治してくれるのがその娘のイルマだけらしい。
「すみません……ぼくのせいで、あなた達に迷惑をかけてしまって……」
 家についてから、キーマはイルマに傷を治してもらったあと、そう頭を下げた。
 シュバの傷も、イルマが治していってくれたから全快だ。
「気にするな。それにしても……腹立たしい連中だな」
 アノンが、キーマの作った夕飯をとりながら言う。メルはすっかり元気になり、もっちもっちと必死にご飯をたいらげている。
「あ、これ……地図です。これであなた達の住んでいるところに帰れるでしょう」
 思い出したように、キーマが地図をシュバに渡す。「ああありがとう」とシュバは短く礼を言って、地図に目を通す。
「僕は疲れたからもう寝るにゃ。部屋はどこにゃ?」
 早々にご飯を食べ終わったえもにゅーが、立ち上がる。
「あ、部屋は……ぼくと一緒に雑魚寝になるんですけど……すみません」
 キーマは申し訳なさそうに言うが、ルカが「それで充分です」と軽く頭を下げる。
「これだけ人数が多いですから、雑魚寝は仕方ないでしょう」
 と、リカエナも言う。まあ確かに十一人…いやキーマも入れると十二人。イヤでも雑魚寝になるだろう。



 その、夜。
 キーマとえもにゅーにアノン、ロヴィンとレェレエンは何か寝苦しいものを感じた。
 夜中だというのに、外がざわめいている。
(なんだろう…?)
(なににゃ? 何か珍しいものが見つかったに違いないにゃ!)
(何か事件が?)
(厄介ごとか…?)
(何かしら……)
 それぞれに起き上がろうとすると、何かに邪魔されるように身体が圧迫され、声も出ない。
 辛うじてロヴィンとアノンがほかの仲間を見ると、皆眠ったままうなされたり寝汗をかいたりしている。
 外から、叫び声が聞こえる。
 いくつもの -------- いくつもの、叫び声。
(一体、何が…)
 キーマは耳を研ぎ澄ましてみたが、こういう時に限って何も「聞こえ」ない。
 そして、冒険者達と共に「何か」に強制的に従わされ、意識を失って行く。
 沈んでいく ------- 混沌の中に。
 惨劇の朝に、
     目覚めるまで。





《中編に続く》