悪夢なのか現実なのか。
ゼロは自分の身体にかかったユーリの血を眺める。
(ユーリの、……血)
感覚で分かる。
たった一人しかいない。ゼロにはユーリ一人しか。
だから分かる。
(ユーリの、、、……)
血。
自分にかかった、ユーリの。
ただ一人のゼロの支え。生きるための灯火。
その血が、ゼロの上に。身体の上に。
(………そうか………)
ゼロの頭にまた「違う真実」が植え込まれる。
(私ガ ユーリヲ コロした ノカ………)
狂気が暴走する。前よりも強く頭を支配する。何者も止めることはできない。
アカイ 花を 集めテモ
もう
戻らない……。
私が 死ななければ。
(誰モ イナク ナッ タ ………)
私が死ななければ戻ってこない。
私がいなくなればみんな戻って来れるんだ。
(私も 一人じゃ ナクナ る ………)
狂気は暴走する。
何もかもが夢にみえる。
熱に浮かされたように。ゼロの耳には何も聞こえない。何も入ってこない。
ただ、自分への嫌悪と間違った罪の意識によって作り出された幻の悪夢だけが支配している。
……とつぜん、やさしい体温がゼロを包み込む。
…………。
これは………?
ゆめ なのだろうか。
ゼロが求めていたもの。本当に求めていたもの。
自分でも気づいていなかった、それは「守ってくれる人」。
自分には何の価値もないと思っていた。
誰の「大切な人」にはなっていないと信じていた。今までも、これからも。
それは狂気の中でも変わらない。
変わらなかったのに。
………だれ、だろう……
あたたかい。なきたいほどに。否、既に彼女は泣いているのかもしれない。
……ずっと思っていた。
ユーリと旅をしながら、ずっと。
もしも明日この星が消滅するとしたら、皆は一番一緒にいたい人のところへ駆けていくだろう。
…ユーリも、きっと家族の元へ帰るだろう。
ゼロには 何が残るのだろう。
ゼロの周りにはきっと誰もいない。
そんなことを、旅の間ずっと考えていた。
……だから、かもしれない。「代わりに自分が大切にする人を命懸けで守ろう」と思ったのは。
彼女には家族がいなかった。だからその対象は否応もなくユーリに向けられた。
ユーリを守ろうと、いつも神経を尖らせて。
疲れてもその疲れにも気づかないほどに。
本当には自分は「守られたいのだ」という意識すら深層の奥深くに沈むほど。
(………ゆめなのかもしれない)
ゼロがいつも見ていたのは、悪夢。
ユーリの隣で眠りにつくとき、そして時に一人で眠るとき。
浅い眠りでも深い眠りでも、ほとんどが悪夢だった。
(今度は、…今度も、……ゆめなのかもしれない)
ゼロは涙をこぼす。
安堵と切なさの混じった涙を。
……相変わらず、胸のつかえと憎悪は消えないけれど。
……涙を流す。
これがたとえゆめだとしても、それはゼロの今までの人生で、一番の幸せ………。
The End......