ゼロは飛んでいる。
ゼロは飛んでいる。

顔の下半分を隠していたマスクも、身体をすっぽり隠していた布も今はない。
薄い赤のノースリーブのワンピース。むかし着ていた服と同じ。黒い髪の毛も、ゼロが飛ぶのにあわせて背中でふわふわ波打っている。
ゼロは微笑みながら、ザットのあとを追い、空に浮遊している。
『ゼロ、早く来いよ! ったく相変わらずのろまだなー』
ザットの笑い声。ゼロをからかう声。たまらなく懐かしく愛おしい。
『ほら、早く来ないと置いてくぜー!』
ザット。
いつものようにくすくす笑いながら、それでも時々立ち止まってくれる。
もうすぐ。
もう少しで、ザットの手に触れる位置につくという時。

<ゼロ……! ゼロ……!>

突然耳を打つ涙声に、伸ばしたゼロの手が硬直する。
この声は……、
『ユーリ……?』
ゼロは辺りを見渡す。
たがその真っ白な空間に彼女の姿はない。ただザットが佇んで待ってくれているだけだ。
『何言ってんだよ、ユーリはここにはいないぜ』
呆れたようなザットの声。

え……?

ゼロの手が震える。
『ユーリもここにいるはず……どうして…?』
震える。

<ゼロ…! うちの声が聞こえないの!?>

『………、』
きこえる。
きこえるよユーリ。
『ゼロ! 何やってんだよ早く来いよ! 待っててやってんだぜ?』
ザットは不審そうにゼロを急き立てる。

……ちがう。これは「ザット」じゃない。
なにか、
  なにものかがゼロの魂を抜こうとしてザットの形を象っているに過ぎない。
ゼロはのばした手をぎゅっと握り締め、震えを必死で止める。
ユーリの声がするほうへ、飛ぶ方向を変える。
『ゼロ!? おいどこ行くんだよ!』
ザットの声が背後から迫る。でもゼロはもう耳を塞いでいる。
ザットじゃない。怒りすら覚える。
ザットの形を象ったもの。そりなにものかに対しての怒り。
『ユーリが…呼んでる』
つぶやくように。
自分の意志を必死で繋ぎ止めるように。
『呼んでるんだ。…、行かなくちゃ』
『無駄だ。お前はもう死んでるんだよ』
一変した、ザットの声がすぐ背後に。ゼロは振り返る。
……そこには、真っ黒な塊。「何か」はわからない。人物なのか、怪物なのかも。
『…ひ……、』
悪寒が背筋に走り、ゼロは青冷める。
元々ゼロは神経が人より敏感で、こういうものには負の感情が働きやすい。
『お前はもう死んでいる……』
既にザットのものではなく、ざらざらした耳障りな声。ゼロの神経を逆撫でし、彼女は悲鳴を上げる。
<ゼロ……!>
ユーリの声が僅差で耳に滑り込む。
一瞬ハッとしたゼロは、ユーリの声だけを追って再び飛びはじめる。
ユーリ…ユーリ……ユーリ!!
(私を助けてくれる。私がきみを守ることで私は救われる。私の家族はユーリ、今はきみしかいない)
ユーリの悲痛な声。ゼロには耐えられない。
(戻るよ、ユーリ。ユーリ、私のユーリ。泣かないで。哀しまないで。私はここにいる)

白い空間を滑り出て、一点の視界に辿り着く。
ユーリが、……泣いている。他のものは何も見えない。ただゼロの瞳にはユーリの姿しか。
ゼロはユーリを背中から抱きしめる。そっと、泣きながら。
(ユーリ。私はここにいる。いつでもきみの傍に)
……神というものか、悪魔というものか、…そんなものにいつか召ばれるその時まで、
(きみを護る。見守っている。ユーリ、私の大切な……)

ユーリ。私の親友。私の、…家族。


たとえ、世を隔てても。



The End......