闇の中を さまよう 何か
(二本の 長いもの………)
白い 妙に白い 「それ」
(ああ……これは……)
ゼロはぼんやりと思う。
……これは 自分の 両手。
いつか自分のこの手で、家族を消滅させた「何か」を殺すと心に誓った、手。
いつのまにか、 …白いその手に血が塗れる。
ゼロはうっとりしたように微笑んだ。
(赤い、花だ………)
思い出がよみがえる。
すぐそこに、双子の弟ザットとユーリが一緒に遊んでいる風景が。
(………そう、二人とも、赤い花でよく遊んでた……)
ザットは花がとても良く似合って。
ユーリは面白がって、いつも花を持ってザットの髪の毛に飾ろうとしていた。
(ザット………)
笑い声が聞こえる。二人のじゃれ合う声が。
ゼロは無口でおとなしかったけれど、いつも微笑んで二人を見守っていた。
………突然、ふっ、と視界が真っ暗に戻る。
(……なに………?)
見渡してみると、一点に光がさし、どんどんこちらに近づいてくる。
(………!)
それは空っぽの家。誰もいない、服だけが転々と床に散らばっている、人が「消滅」した家。
青い服はかあさんの。
黒い服はとうさんの。
そして、
自分とおそろいの、赤い服の、ザットの、………
(………や………いやあああああ!!)
ヌ ケ ガ ラ
(いや…いや……いやぁぁぁぁぁ……!!)
『みんな消えちゃったよ、ゼロ……』
ユーリの涙声。うそだ。
『ゼロの父さんも、母さんも、……ザットも……』
うそだ。うそだ。うそだ。うそだ!
幸せだったのに。
小さいけれど確かな幸せを自分達は持っていたのに。
『ザット、も………』
う そ だ ………
ユーリの声が遠のいていく。ゼロは今「どこ」にいるのか分からない。
狂気の中にいることすら気づいていない。
(……これが、悪夢でなくて、なんなのだろう………?)
記憶していなかったはずの記憶。
聞いていないはずのユーリの涙声。
(あくむ、なら………)
ゼロはもう一度両手に目を落とす。いつのまにか、真っ赤な、花。
しっかりと握り締め、それがシーツの上に落ちた自分が吐いた血だとも気づかない。
(ユーリも、消えたはずだ………)
意識が混濁する。いつのまにか目覚めているのにも気づかない。もうすぐシャーが食事を持ってくる時間だということにも。
(そう、…消えたんだ………。みんな………)
ゆっくり顔を上げる。蜃気楼のような視界に花瓶が映る。
(ああ………赤い、花が、さしてある………)
花瓶に手を伸ばし、つかもうとして床に取り落とし、身体をかがめる。
(赤い花、ひとつ……)
むかし、歌っていた歌。
ザットと、ユーリと。いっしょに。
(あーかいはーな、ひとつ、ひとつなーら、さーみしい… あーかいはーな、ふたつ、ふーたつなら、すこしだけ……)
あかいはな。みっつ。みっつなら、
(ほんとうの しあわせを………)
ぽたりと落ちたのは、涙だろうか。
エルに言われた、いつか戻ると言われた感情が、戻ったのだろうか?
わからない。胸にあるのはつっかえたような苦しみと激しい憎悪だけ。
(カルマ……カルマがユーリを「殺した」………)
ゼロの記憶は既に過去と現実の境を混濁させ、歪ませている。
床に落ちた赤い花瓶の破片を、ゆっくりと、ひとつひとつ拾う。
………全部で、みっつ。
(カルマ……お前を殺してやる………)
うっすらと微笑んだはずのゼロの瞳は、涙に濡れている。
潤んだ瞳には狂気と憎悪。そしてかすかな「正気の哀しみ」。
(ユーリを…殺した……汚して……私の、ユーリを………)
ベッドの向こうの壁にかけられた、鏡に「カルマ」が映っているのを確かめ、ゼロは首元に破片を当てる。
どんなに変わろうと、ついてきてくれた、大切なユーリを「殺した」カルマ。お前さえ消えれば戻ってくる。
お前がいなくなれば、……「かえれる」んだ。
みんなかえってくる。
パッ、と鮮血が飛び散る。赤い花びらのように。
(あぁ………)
ゼロはうっとりと、仰向けに倒れる。
血塗られた紅のような原の上に、ゆっくりと。
(やっと……かえれる……)
悪夢は終わったのだ。
ほら、
すぐそこにいる。
……みんな。
家族も、ユーリも、………ザットも。
ゼロはうっとりと瞳を閉じる。このうえなく幸せでやさしい微笑みを浮かべながら。
なつかしい、
むかしのこきょうへと。
The End.........