…ながいゆめをみていた。
泣きたくなるほど真っ青な空を視界いっぱいに見ながら、ゼロは思う。
(……なにをしてたんだろう…? 私は今までどこに…)
そしてやっと正気に戻った彼女は、狂気に落ちている間の記憶を断片的に思い出す。
恥ずかしさなどない。むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ユーリ。
シャー。
スティレット。
エル。
カズキ。
ホーン。
レイヤ。
…ディオ。
(…ごめんね)
ごめんなさい
唇だけの彼女の言葉を聞き取ったか、何者かの顔が視界に入ってくる。優しげな顔で、幾分穏やかな口調で何かを尋ねてきた。
この青年、ローズが、崖から転落した瀕死の彼女を拾い、何ヶ月か傍にいてくれたことを彼女は知らない。覚えていない。
だがこの不思議な懐かしさの雰囲気は何故かゼロの瞳を瞬かせた。
青年が抱いている赤ん坊…恐らくたった今生まれたばかりの…。それが自分の子供だと、ゼロは薄れゆく意識の中、無意識に感じ取った。
(そう…かえりたかった、こきょう。かえりたかった、だれかのところ)
誰かを、何かをずっと探していた。それが何なのかももう思い出せない。
けれど…この泣きたくなるほどの懐かしい香りはなんだろう。
ローズが、花が見たいと言ったゼロを抱いて連れてきてくれたところ…薔薇零海(ローズマリン)。
花で、香りで、むせかえる。
苦悶の過去すら凌駕する。
胸が不思議な懐かしさと慈愛、そして愛しさにみたされる。
すうっと息を大きく吸い込む。瞳を閉じ、ゼロはハッとしてまた目を見開いた。
…こ きょ う …?
…単なる擬似に過ぎない。事実はそうだ。
ゼロにもそれが分かっていた。だが、
…ありがとう…あなたをわすれない
…果たして声になったのだろうか。
微笑んで、微かに両手をローズと赤ん坊のほうへ向けたゼロの潤んだ瞳。
それはローズだけでなく、今まで自分が愛しいと思った人間達への言葉でもあった。
…満開だ。
花が。
なつかしいちいさなころのおもいでが。
-----満開だ。
ゼロは故郷に戻れるのだ。今度こそ、本当に。
それが想像の偶像が作り出した擬似であったとしても、
------それでもかえりたかったのだ。
かえれるのだ。
むせかえるほどの甘い花の香り。
涙が零れるほどの青い空。
全身で感じ取れる緑の空気。
か え ろ う …………
もう、
なにもおもいのこすことなどない。
たとえひとりでも、
…そう、彼女が逝くところは天国でも地獄でもない。
ここ、薔薇零海-----身に突き刺さるような現実の中でようやく見つけた擬似の故郷なのだ。
…こんなにしあわせなことはない…
ゼロの手がゆっくりと花の上に落ちる。
紺色の瞳は、真っ白なまぶたに隠され、
そうして、たったひとりに見守られ、ゼロの魂は永久の場所に還っていった。
The End......